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「CDMA ALOHA方式における最適アクセス制御方式の研究」岡田 啓 (1998年12月25日) †移動体通信の分野では, 携帯電話やPHS, ポケットベルの需要がここ数年倍増している. 一方, データ通信の分野でもインターネットの目覚しい普及により, 全世界140ヶ国の人々が利用する時代になってきた. このため, 今後, 携帯電話等を利用した無線データ通信の需要が更に高まるものと予想される. 現在, 我が国で無線データ通信に用いられている交換方式では, 主に通信をはじめる前に回線を確保してから通信を行う回線交換方式が採用されている. データ通信の場合, 伝送する情報は音声等と比べ非常に短くバースト的に発生するのが通常である. データ通信を回線交換方式で行うと, 実際に情報がながれていないときにも無線回線を独占してしまう. 一方, 送りたい情報を宛先などの情報を付加してパケット化して送るパケット交換方式というのがある. パケット交換方式では, パケット単位に待ち合わせが可能となるため, 複数のユーザで無線回線を共用することができ, 間欠型通信においても無線回線の使用効率を高くすることができる. ところで, 現状の移動体通信システムが抱える通信容量の問題を解決するため, そして今後予想されるマルチメディア通信への要求を満たすため, 次世代移動体通信についての検討が盛んに行なわれている. この検討のなかで, 次世代通信方式の最も有力な候補として注目を浴びているのが, 符号分割多元接続(Code-Devision Multiple-Access: CDMA)方式である. CDMA方式では各ユーザは同じ時間および周波数を共有し, 各ユーザに割り当てられる符号によって識別される. この方式では, 同時に送信している他ユーザは干渉(多元接続干渉)として働いてしまう. CDMA方式の効率を高めるには, 信号を連続的に送信するのではなく, 情報が存在する場合のみ信号を送出することが望まれる. この点からパケット通信はCDMA方式と親和性が良く, またCDMA方式の特徴の一つであるランダムアクセス性は, パケット無線通信における最も簡易なプロトコルである ALOHA方式に良く整合している. しかもマルチチャネルパケット通信が可能なことから大群効果による効率向上も期待できる. 従って, ALOHA方式とCDMA方式を結合した無線パケット通信方式, CDMA ALOHA方式は, ランダムアクセスの簡便性の利点を維持しつつ, 効率の高いパケット通信を実現できる可能性を有するものとして将来の移動体通信にとって有望な方式である. CDMA ALOHA方式では, 多元接続可能という性質により, 同時に複数のユーザーがパケットを送出することが可能になり, しかも同時に送信されるパケットの数に対し, 緩やかに品質が劣化する. また, CDMA Unslotted ALOHA方式においては, 各局が非同期にパケットを送出できるため, 同時にチャネルに伝送されているパケットの数が時々刻々と変化する. これらの特徴のためにCDMA ALOHA方式の解析は複雑なものとなる. これまで, CDMA ALOHA方式に関して解析を行った研究もあるが, その多くは, この緩やかな品質劣化やランダムアクセス性を無視している. さらにこれまでの解析では, パケットの伝送に失敗したためにそのパケットを送りなおす再送パケットの影響が考慮されていなかった. しかし, 実際には再送パケットを区別して解析を行うことが必要である. なぜなら, 新規パケットの発生は各ユーザーが中央局に対して何らかの情報を送りたいときに起こるのに対し, 再送パケットは各ユーザーが適度に間隔をおいてから送信することが可能であるからである. また, CDMA ALOHA方式では同時に複数のパケットを送ることができるが, 同時に送られているパケット数が多くなりすぎると, パケットの送信に失敗する確率は高くなってしまい, その影響はそのとき同時に送信されているパケット全てに及ぶ. そこで, トラヒック量に応じてパケットの送信を制御することが特性向上を図るために必要となってくる. さらに, これまでの研究は理想に近い状況下での特性であり, より現実的な状況を想定することが望まれる. 例えばアクセス制御遅延による影響がある. アクセス制御遅延とは, パケットの伝搬遅延や処理時間に要する遅延で, アクセス制御を行うとき, この遅延時間の分だけ制御に関する情報が古くなってしまう. また, これまでは解析の簡単さのために即時式のシステムを仮定してきた. しかしながら, 発生したパケットをいったんバッファに蓄えてから送信するという待時式システムを想定することが必要である. その上, このシステムではユーザによる自律的な制御ができる可能性を持っている. 本論文の目的は, パケット通信におけるもっとも基本的なランダムアクセスプロトコルであるALOHA方式にCDMAを適用したCDMA ALOHA方式の特性解析および特性評価を行い, さらに特性向上を図る方策を提案することにある. 具体的に本論文において以下の点について検討を行う.
本論文は次のような内容で構成される. 第2章では, CDMAを用いていないパケット通信について簡単に説明する. ここでは, 特に基本的なPure ALOHA方式, Slotted ALOHA方式, およびCSMA方式について, システム構成や特性解析について記述する. 第3章では, CDMA方式について記述する. まずは, 各多元接続方式について簡単に述べ, そしてCDMA方式の基となっているスペクトル拡散通信の概要や特性について示す. 第4章では, CDMA ALOHA方式の特性解析を行う. 待ち行列理論を用い, チャネルに同時に伝送されているパケットの数をマルコフの状態遷移図で表すことにより, 従来無視されていた同時送信局数の遷移を考慮して解析する. また, 同時送信局数の関数で表されるビット誤り率を導入することで, CDMA方式の特徴である緩やかな品質劣化を考慮する. 始めに, Slotted ALOHA方式にCDMAを適用したCDMA Slotted ALOHA方式の特性解析を行う. 次にPure ALOHA方式にCDMAを適用したCDMA Unslotted ALOHA方式の特性解析を行う. まずはユーザ数が無限, パケット長が指数分布に従う場合について解析する. そしてこれを発展させて, パケット長が固定長の場合についても検討を行う. パケット長が固定長の場合において, マルコフ性が成立するように終了率を定める手法を提案することで特性解析を行う. また, ユーザ数有限を仮定した場合についても, 提案手法を用いてスループット特性を解析的に求める. 第5章では, 再送パケットの影響を考慮して特性解析を行う. 全ユーザに対してパケットの再送を行っているユーザの割合をシステムの状態と定義し, この状態の占有確率を求めることで解析を行う. さらに, システムの安定性についても調べる. このために, システムの安定性を示す指標として期待流動値を導入する. そして, 高いスループット特性を得ることのできる望ましい安定状態と, ほとんどのパケットが伝送に失敗してしまうという望ましくない安定状態の両方が存在し, 統計学的なふらつきのためにこれら2つの安定状態の間を移動してしまうという双安定な状態が存在することを示す. 第6章では, 特性の向上を図るためのアクセス制御方式について検討する. まずは, パケットの再送を制御することでシステムが望ましくない安定状態に陥るのを防ぐOptimal Retransmission Control (ORC)を提案する. また, 同時に送信されるパケットの数をある値以下に抑えることができる Channel Load Sensing Protocol (CLSP)について検討する. そして, これら両方を用いたOptimal Access Control Protocol (OACP)を提案する. さらに, CDMAパケット無線通信のスループット特性の上限値を求め, これと比較することによりOACPが最適なアクセス制御を行なっていることを示す. 第7章では, アクセス制御遅延の影響を無視できない状況を想定してシステムの検討を行う. まずはアクセス制御遅延によりCLSPの特性がどのような影響を受けるかを示す. そしてこのアクセス制御遅延の影響を和らげることができるModified Channel Load Sensing Protocol (MCLSP)を提案する. また, OACPを用いたシステムにおいて, アクセス制御遅延の影響を調べ, OACPが比較的アクセス制御遅延が小さい場合に有効であることを示す. 第8章では, 待時式CDMA ALOHA方式を提案し, この方式の特性解析, 特性評価を行う. まず始めに, 制限付つぼ占有モデルに基づく線形近似法を用いることにより, 待時式CDMA Slotted ALOHA方式の特性解析を行う. 次に, 2マルコフ連鎖モデルを提案し, 待時式CDMA Unslotted ALOHA方式の特性解析を行う. そして, スループット特性, 呼損率特性, 遅延特性の観点から特性評価を行い, 各ユーザがバッファを備えることにより特性にどのような変化が生じるかを明かにする. さらに, 待時式CDMA Unslotted ALOHA方式にCLSPを適用したシステムを提案し, この方式の特性評価を行う. そして, この方式を用いることで, スループット特性をOACPを用いた場合に近付けることができるのを示す. 本研究では, チャネルに同時に送信されているパケットの振舞を待ち行列理論を用いて明かにし, これにビット誤り率解析を導入することでスループット解析を行っている. つまり, スループット解析は待ち行列理論とビット誤り率解析の両方が基盤となっている. ところで, スループットを拡散率で正規化した正規化スループット特性は, 単位帯域あたりに送られる平均情報量と解釈することができ, 一種のチャネルキャパシティを表す. つまり, スループット解析はCDMAパケット通信におけるチャネルキャパシティを導出したことになり, これはCDMAパケット通信の効率を示す上で非常に重要な役割を果たす. よって, 本研究はCDMAパケット通信システムに関する研究の基礎を築くものであると言える. また, 本研究ではいくつかのアクセス制御方式を提案したが, これらはCDMA ALOHA方式の単純さを保ちつつ, 高能率を図ることができる方式である. 提案方式を実用化するためには本論文で検討した事項以外にもいくつか課題が残されており, より複雑な状況やシステム構成を想定することになる. しかし, 現実的な状況においても本研究で提案したアクセス制御方式は基盤となり, その有用性は維持できる. |